在りし日の彼女

2021/02/26

 出会いは偶然だった。

 当たり付きの自動販売機でコーヒーを買ったらたまたま当たってしまい、オマケで一本貰ってしまった。
 さてどうするか、と悩んでいた時に、ベンチに座っている後ろ姿が目に入ったのだ。

「えっとさ、自販機で当たりが出ちゃって。良かったらコーヒー、貰ってくれないかな?」

 どうせだからこの人にあげるかと軽い気持ちで声をかけて、そして後悔した。

 よく見なくても分かる。頭に菊の花を付けていて、可愛らしいけど奇抜な服装。
 ヴィオラ学園でも有名な変なやつ。
 そこに座っていたのは、ハツメさんという少女だった。

 しかもなんか、手裏剣っぽい物の手入れしてるし。

「え? 私ですか?」
「……うん。良かったら」

 今更引けないし。コーヒーの缶をそのまま彼女に手渡した。

 それがきっかけで、仲良くなるまであまり時間はかからなかった。
 確かに変な奴……と言うかかなりヤバい奴だけど、一緒に居ると不思議と楽しかった。
 運動神経も頭も良いハツメさんと、ことある事に勝負をしては負け続けた。
 その度に罰ゲームとして何かを奢らされたり拷問の実験台にされたけど、それはそれで楽しい日々だった。
 たまにドSスイッチが入るのは勘弁して欲しかったけど。

 一緒に映画を見に行った時は、自分で選んだくせに心霊系のホラー映画を見て全力で叫んでたな。
 何故かこっちが怒られたけど、涙目の彼女が可愛らしくて反論する気になれなかった。

 二人で、たまに彼女の友達と一緒に、楽しい日々を送っていた。
 そんなある日。

「あー……ごめん。実は、もう会えなくなるんですよね」

 下校中にいきなり告げられた、別れの言葉。

「ちょっと理由は言えないんですけど、多分もう会うことは無いと思います」

 少し寂しげに笑うハツメさんに、しかし何も返せない。
 彼女の性格的に、話せる理由ならすぐに説明してくれるはずだ。
 それが出来ないと言うなら、なにか事情があるんだろう。
 仕方ないと、思うしかない。けれど。

「……何か、出来ることはある?」
「無いですね」

 ハッキリとした強い拒絶。
 でも、とても悲しそうな表情で。

 とっさに、その言葉を口にした。 

「……最初はグー! ジャンケン!」
「え、え? あ、はい!」

 不意を着いて仕掛けた勝負。結果、見事に初勝利。

「くっ……卑怯な……」
「ハツメさんに言われたくないです。で、罰ゲームですけど」
「あーはいはい。なんですか?」
「どこに行っても、忘れないでくださいね」

 できるだけ軽い調子で伝えた、本音。
 それを感じ取ったのか、ハツメさんはハッとした後、もじもじと俯いて。
 そして意を決したかのように、がばっと頭をあげる。

「分かりました。きっと、忘れません!」

 切なくも嬉しそうな。今にも泣き出しそうな、でも幸せそうな笑顔を浮かべて。
 その彼女らしい素敵な笑顔が、最後の思い出となったのだった。

 それ以来、彼女と会うことは無かった。
 ただ、あの楽しかった日々の思い出は忘れられない。
 そしてきっと。彼女も忘れてなんかいないだろう。

 離れていても、心はすぐ側にあるのだから。

文:くろひつじ
絵:HAta