在りし日の彼女
出会いは偶然だった。
当たり付きの自動販売機でコーヒーを買ったらたまたま当たってしまい、オマケで一本貰ってしまった。
さてどうするか、と悩んでいた時に、ベンチに座っている後ろ姿が目に入ったのだ。
「えっとさ、自販機で当たりが出ちゃって。良かったらコーヒー、貰ってくれないかな?」
どうせだからこの人にあげるかと軽い気持ちで声をかけて、そして後悔した。
よく見なくても分かる。頭に菊の花を付けていて、可愛らしいけど奇抜な服装。
ヴィオラ学園でも有名な変なやつ。
そこに座っていたのは、ハツメさんという少女だった。
しかもなんか、手裏剣っぽい物の手入れしてるし。
「え? 私ですか?」
「……うん。良かったら」
今更引けないし。コーヒーの缶をそのまま彼女に手渡した。
それがきっかけで、仲良くなるまであまり時間はかからなかった。
確かに変な奴……と言うかかなりヤバい奴だけど、一緒に居ると不思議と楽しかった。
運動神経も頭も良いハツメさんと、ことある事に勝負をしては負け続けた。
その度に罰ゲームとして何かを奢らされたり拷問の実験台にされたけど、それはそれで楽しい日々だった。
たまにドSスイッチが入るのは勘弁して欲しかったけど。
一緒に映画を見に行った時は、自分で選んだくせに心霊系のホラー映画を見て全力で叫んでたな。
何故かこっちが怒られたけど、涙目の彼女が可愛らしくて反論する気になれなかった。
二人で、たまに彼女の友達と一緒に、楽しい日々を送っていた。
そんなある日。
「あー……ごめん。実は、もう会えなくなるんですよね」
下校中にいきなり告げられた、別れの言葉。
「ちょっと理由は言えないんですけど、多分もう会うことは無いと思います」
少し寂しげに笑うハツメさんに、しかし何も返せない。
彼女の性格的に、話せる理由ならすぐに説明してくれるはずだ。
それが出来ないと言うなら、なにか事情があるんだろう。
仕方ないと、思うしかない。けれど。
「……何か、出来ることはある?」
「無いですね」
ハッキリとした強い拒絶。
でも、とても悲しそうな表情で。
とっさに、その言葉を口にした。
「……最初はグー! ジャンケン!」
「え、え? あ、はい!」
不意を着いて仕掛けた勝負。結果、見事に初勝利。
「くっ……卑怯な……」
「ハツメさんに言われたくないです。で、罰ゲームですけど」
「あーはいはい。なんですか?」
「どこに行っても、忘れないでくださいね」
できるだけ軽い調子で伝えた、本音。
それを感じ取ったのか、ハツメさんはハッとした後、もじもじと俯いて。
そして意を決したかのように、がばっと頭をあげる。
「分かりました。きっと、忘れません!」
切なくも嬉しそうな。今にも泣き出しそうな、でも幸せそうな笑顔を浮かべて。
その彼女らしい素敵な笑顔が、最後の思い出となったのだった。
それ以来、彼女と会うことは無かった。
ただ、あの楽しかった日々の思い出は忘れられない。
そしてきっと。彼女も忘れてなんかいないだろう。
離れていても、心はすぐ側にあるのだから。
文:くろひつじ
絵:HAta
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