「あぁ、あなたですか。私に何の用ですか?」
学校の屋上に呼び出したハツメさんに、問いかけられた。
「ハツメさんが自主退学するって聞いたので」
「ありゃ。バレちゃったんですね……あなたには内緒にしていたんですけれど」
含み笑いを浮かべ、楽しそうに笑う。
この顔は知っている。如何にしてこちらをからかおうかとしている顔だ。
けれど今回は先手を打ってみた。
用意しておいた贈り物を取り出す。
「え、プレゼント?私にですか?」
手渡したのは三つ葉のクローバーの栞。
あまり読書をしなさそうな彼女には似合わないかも知れないけれど、それでもこれ以外に思い浮かぶ物が無かった。
花言葉は希望、信頼。
そして、愛情。
それがどこまで通じたか分からないが、彼女の事だ。全てお見通しだろう。
その証拠に、頬が若干赤く染っている。
「あぁもう……だからあなたは苦手なんですよ。こちらのペースを掻き乱してくれて……本当にやりづらい人でしたね」
ほんのり上気した顔で笑う。
それは何処か少女らしく、年相応に見えた。
「まぁ、私と離れたくないなら連れていくって手段もありますけど……どうします?」
イタズラな声に、揺れた。
けれど、その言葉に即断できる勇気はない。
だからこその贈り物だ。
「まったく……あなたは苦手な部類でしたね。こんな私にはいつも優しくしてくれて、対応に困りましたよ」
赤い頬を隠すように、顔を抑える。
彼女は変わった人だ。
人懐こく、明るく。しかしかなり特殊な性格をしている。
常に武器の手入れをしていて、最初は近寄りが難かった。しかし、それもいつしか慣れてしまい、その独特な個性に惹かれていった。
離れるのは寂しい。けれど、仕方の無いことだと思う。
なにかしらの事情があるのだろう。そこまで踏み込める仲でも無い。
それでも。伝えたい思いがあった。
「貴女と離れたくありません。どうか、残ってもらえませんか?」
「あー…ごめん。それはできないんだなー」
いつもの笑みで、どことなく残念そうに告げられた。
それだけでも、栞を渡したかいがあったと言うものだ。
最初から報われない恋だと感じていた。
けれど、伝えずには居られなかった。
「貴方の気持ちは嬉しいよ。こんな私にいつでも優しくしてくれて、恥ずかしいけど嬉しかった」
普段とは違う、儚げな笑み。それに対して、特に何も出来ない自分が腹立たしかった。
「それにまぁ、君だけだったかな。こんな私を本当の意味で受け入れてくれたのは」
はにかみながら、また顔を隠す。
若干。頬を染めているのがわかった。
「あぁもう……こういうのはガラじゃないってのに」
言いながら、彼女は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。
耳まで赤い。照れているのだろうか。
そんな彼女もまた、愛らしく思う。
「…ばいばい。またいずれ、どこかで。その時は、ターゲットじゃない事を願うばかりだね」
それは、初めて本音を語って語ってくれたような。
どこか、らしくない笑顔だった。
彼女のラストスマイル。
それを残して、彼女の姿は不意に消えてしまった。
生憎こちらは諦めが悪い。どこまでも追いかけて、真意を突き止めてやる。
そして次は遠回しでではなく、直球で言葉を告げるつもりだ。
不意打ちに弱いのは分かりきった事。ならば、そこを攻めるまで。
次に会った時に同じ関係で居られるとは思っていない。けれど、彼女の拷問を受ける覚悟なんて、とうの昔にできている。
その間、愛を囁き続けてやろう。
その後は、ただ返事を貰うだけだ。
またいつか、出会えたときに時に渡すのは赤い菊。花言葉は 「あなたを愛してます」
彼女には送るには相応しいと思う。
また照れて暴走するだかろうか。
それでも、告げずには居られない。
去り際に残した笑顔があまりにも美しく儚げで、悲しそうだったから。
文:くろひつじ
絵:HAta